2026年9月15日火曜日

PCなしでFT8 SDR機 Retevis HS5 を調べてみた

海外のアマチュア無線界隈で、Retevis の新型リグ HS5 が話題になっている。 うたい文句は「100W スタンドアロンSDR」「PCなしでFT8」。7インチのタッチパネルに HF 100W+2m 50W、ATU内蔵、Wi-Fi まで載せて約1,286ドルだという。

スペック表だけ眺めると、まさに全部盛りである。IC-7300MK2 とほぼ同じ価格帯に、これだけの機能を詰め込んできた。果たして実際のところはどうなのか。気になったので当局なりに調べてみた。


出典:Retevis公式

結論:コンセプトは魅力的だが、現時点では「注目しつつ様子見」

  • 「本体だけでFT8」「7型画面」「HF+2m+ATU」という組み合わせは、この価格帯では他にない
  • ただし、第三者による測定データと実ユーザーのレビューがまだほとんど無い
  • 日本で運用するには技適が無いという大きなハードルがある

以下、順に見ていく。

Retevis HS5 の正体

Retevis は中国・深圳のメーカーだ。ハンディ機や DMR 機でおなじみのブランドで、「最初に買った安いハンディ機が Retevis だった」という方も多いだろう。そのメーカーが HF 100W 機に参入してきたわけである。

ところが調べてみると、HS5 はゼロから開発された新機種ではない。型番は RS-998。オープンソースの SDR プロジェクト「Wolf DDC/DUC Transceiver」(ロシアの UA3REO プロジェクトの派生)をベースにした機種で、HamGeek などから既に販売されていた RS-998 を、Retevis が自社ブランドで展開したものと見るのが自然だ。公式の仕様表にも「RU4PN / WF-100D Version」という記載がある。

つまり中身は、既に一部で流通している「中華 Wolf SDR」の系譜ということになる。

主なスペック

項目内容
方式SDR(DDC/DUC)
受信0.5〜750MHz
送信HF(1.8〜30MHz)、144〜148MHz
出力HF 100W/VHF 50W以上
モードCW / SSB / AM / FM / WFM / DIGI
画面7インチ 静電容量式タッチ
ATU内蔵
通信Wi-Fi、USB-C(サウンドカード内蔵)、microSD
電源DC13.8V(30A級推奨)
サイズ・重量340×140×135mm/約5.5kg
付属品ハンドマイク、DCケーブル、アルミケース

アルミキャリングケースが付属する。移動運用を意識した構成だ(出典:Retevis公式)

注目ポイント

ポイント1:本体だけでFT8が完結する

最大の目玉はこれである。FT8 のエンコード/デコードを本体に内蔵しており、タッチパネルでデコード一覧を見ながら、そのまま応答できる。CW デコーダーも内蔵だ。

FT8 をやろうとすると、PC、インターフェース、ケーブル、時刻同期と、準備がそれなりに面倒になる。移動運用ならなおさらだ。これが本体だけで済むというのは、PC を持ち出したくない局には刺さるだろう。

ポイント2:7インチの大画面

IC-7300 や FT-710 は 4.3 インチ。HS5 は 7 インチなので、ウォーターフォールの見やすさは一回り上である。

ポイント3:HF+2m+ATUを1台で

HF 100W に加えて 144MHz にも出られ、チューナーまで内蔵している。移動運用で「これ1台」を実現しやすい構成だ。

ポイント4:0.5〜750MHzの広帯域受信

エアバンドや FM 放送も受信できる。受信機としても遊べるリグである。


背面には大型ヒートシンクと冷却ファン、SO-239端子×2(出典:Retevis公式)

価格

  • Retevis公式(米国):$1,285.99(送料無料。クーポンで$120オフの施策あり。調査時点では在庫切れ)
  • カナダ Fleetwood Digital:CA$1,799.99
  • 参考:同系機 HamGeek RS-998:約$1,150〜1,255

円換算で約19万円前後。関税や消費税などが別途かかる可能性もある。IC-7300MK2 に真正面からぶつけてきた価格設定だ。

ライバル機との比較

機種HS5IC-7300MK2FT-991AFT-710IC-7100X6200
送信バンドHF+2mHF+6mHF/6/2/70cmHF+6mHF/6/2/70cmHF+6m
出力100W100W100W100W100W8W
画面7型4.3型3.5型4.3型分離型4型
ATU内蔵○×○××○
本体FT8○××××○
Wi-Fi○××××○
重量5.5kg約4.2kg約4.1kg約4.3kg約2.3kg約1kg
技適なしありありありありなし
価格目安$1,286$1,299〜1,499約$1,300約$1,100約$900約$700

※価格は米国実売の目安であり、変動する。

表の「○」の数だけで言えば、HS5 の圧勝である。

しかし、IC-7300 シリーズや FT-710 には長年の実績があり、第三者による受信性能の測定データも揃っている。国内サポートもある。これは表の○×では比べられない部分だ。カタログスペックで選ぶか、実績で選ぶか。ここは道具選びの考え方そのものが問われるところだろう。

「本体で FT8」という点では、QRP 機の Xiegu X6200 も対抗馬になる。軽さを取るなら X6200、100W と大画面を取るなら HS5、という棲み分けになりそうだ。

評判と期待度

期待されている点

  • 「PCなしFT8+7型+100W」というコンセプトへの反響は大きく、海外ブログでは HS5 の記事にアクセスが集中しているという
  • Retevis 公認の初見レビュー動画も公開済み
  • 原型の RS-998 については「思ったより良い」という好意的なレビューもある

気になる点

  • 実ユーザーのレビューがまだほぼ無い。公式ページのレビューは0件である
  • 受信性能やスプリアスの独立した測定データが見当たらない
  • RS-998/WF-100D/HS5 と名称が入り乱れており、バージョン差を気にする声も出ている
  • 販促バナーの画像と、公式の製品写真のデザインがかなり違う。バナーは大きなメインダイヤルを備えたモダンな筐体だが、公式写真は「ALL MODE DDC/DUC TRANSCEIVER」の表記と F1〜F8 キーが並ぶ、従来の RS-998 筐体そのものだ。うーむ、これはどちらが実際に届くのか。購入前には必ず実機写真を確認したい
  • 5.5kg は IC-7300 より重い。ケース付きで持ち運べるとはいえ、「ポータブル」と呼ぶには少々ヘビーである

日本で運用する場合の注意

ここは重要なので、しっかり書いておく。

  1. 技適マークは無いと考えられる。日本で開局・運用するには、TSS などによる保証認定を受ける必要がある。100W で運用するなら、無線従事者資格や局の免許条件も改めて確認しておきたい。
  2. 送信範囲は 144〜148MHz だが、日本の2mバンドは 144〜146MHz である。バンド外で電波を出さないよう、設定と運用には注意が必要だ。
  3. 広帯域受信は楽しいが、電波法の秘密の保護には留意すること。

「買ってすぐ電波を出せるリグ」ではない。この点は、日本のユーザーにとって大きなハードルである。

まとめ

こんな局に向いているこんな局は様子見
PCなしでFT8をやりたい受信性能の実績を重視する
大画面でウォーターフォールを見たい国内サポート・技適が必須
新しいSDR機をいじるのが好き開局手続きの手間を避けたい
保証認定の手続きを厭わない軽量なポータブル機が欲しい


コンセプトと価格設定は非常に魅力的で、「IC-7300 の値段で全部入り」というインパクトは十分にある。一方で、オープンソース由来ゆえに完成度はファームウェア次第という面もある。現時点では、第三者の測定データと実ユーザーの長期レビューを待ちたいというのが当局の正直な感想だ。

続報が入ったら、また取り上げたい。

73 de JI1ALP

参考資料

画像出典:Retevis公式サイト。記事内の価格・仕様は2026年9月15日時点の調査に基づく。

2026年9月7日月曜日

ALL ASIA DX コンテスト(PHONE)参加記

50Wと釣り竿で「開いた瞬間」を拾う

スコアは 24局 × 16マルチ = 1,040点。数字だけ見れば控えめだが、今回のAA PHONEで得たものは点数ではなかった。50Wと釣り竿アンテナという当局の装備では、コンディションを「作る」ことはできない。できるのは、開いた瞬間にそこにいることだけだ。今回のログは、その一点に尽きる内容になった。

今回のポイント

① 21MHzは、一日に二度ちがう窓が開いた。
朝は北米・南米・アラスカ、夜は中東・地中海。同じバンドでも時間帯でまったく別の顔になる。
② 14MHzの10局は、深夜のわずか1時間に集中した。
ヨーロッパが聞こえ始めた瞬間に張りついたぶんだけ、素直に局数になった。
③ 二日目は強風と強雨。安全を優先してアンテナを撤去し、途中終了。
これも立派な運用判断だと、今は思っている。

当局の設備 ― いつもの一式

特別なことは何もしていない。いつもどおりの布陣である。

項目内容
リグFTDX-10(50W出力)
アンテナ釣り竿アンテナ(約5m)+ ATU
地上高約30m(10階ベランダ)
ロギングN1MM Logger+
部門SINGLE-OP / ALL BAND / LOW POWER / SSB

釣り竿の5mにATUを噛ませて全バンドに出る。効率で言えば決して褒められた設備ではないが、地上高30mというのが唯一にして最大の武器だ。マンションのベランダは、言ってみれば「高い場所に置いた小さな傘」のようなもので、傘そのものは小さくても、高い所に掲げれば遠くからでも見つけてもらえる。今回もその恩恵で、南米や北米まで届いてくれた。

結果 ― バンド別の内訳

BandQSOsPtsCtyPt/Q
7MHz2613.0
14MHz102862.8
21MHz112582.3
28MHz1616.0
Total2465162.7

スコア:65点 × 16マルチ = 1,040点

面白いのは Pt/Q(1局あたりの点数)だ。28MHzのDU1EG局はたった1局で6点。局数の稼げないバンドほど、当たったときの単価が高い。ハイバンドは「めったに開かない特売日」のようなもので、開いていない日に何度通っても収穫はないが、開いた日に一度入れば大きい。

時間を追ってみる ― 三つの窓

窓その1:深夜0時台、14MHzのヨーロッパ

初日、日付が変わった頃から14MHzでヨーロッパが浮き上がってきた。R4GM、RW1A、HA4FB、RA5G、OH0Z、RA3OA、UZ7C、RW1F ― およそ1時間のうちに8局。ロシア勢が中心だが、ハンガリー、オーランド諸島、ウクライナと、マルチも素直に伸びた。

この時間帯だけは「呼べば取ってもらえる」感触があった。裏を返せば、当局の50Wで通用したのは、この一時間だけだったということでもある。

窓その2:朝7時台、21MHzのアメリカ大陸

朝、14MHzでRC0CDとT88PB(パラオ)を拾ったあと、21MHzに上がるとアメリカ大陸が開いていた。ND8DX/KL7、K6XX、PP5JR(ブラジル)、K3EST、W6AFA、KL5NE。アラスカが2局、そしてブラジル。釣り竿アンテナで南米が入るのだから、この趣味はやめられない。

28MHzに顔を出すとDU1EG(フィリピン)が1局だけ聞こえた。10mはこの1局きり。それでも「開いていた証拠」として、このQSOは記録に残しておきたい。

窓その3:二日目22時台、21MHzの中東と40mの北米

二日目の夜、21MHzで4X1IM(イスラエル)とP3X(キプロス)。朝とは正反対の方向に窓が開いている。同じ21MHzでも、朝と夜では別のバンドだと思ったほうがいい。

そしてそのすぐ後、7MHzでK7ZSD、N9RV。この2局が、今回の最後のQSOになった。

呼び負ける、という現実

正直に書いておく。今回、聞こえているのに取ってもらえない場面のほうが圧倒的に多かった。ハイバンドは信号が弱く、こちらのSは振れているのに、呼んでも呼んでも空振りが続く。50Wと簡易アンテナでは、パイルの中で存在に気づいてもらえない。

拾ってもらえた場面には共通点があった。パイルが薄い、開き始めか、開き終わり。全員が群がっている真っ最中に割って入るのではなく、その少し前か少し後に呼ぶ。ログの24局は、ほぼすべてその隙間で成立している。

そして、撤収

二日目は強風と強雨。ベランダの釣り竿アンテナが風にあおられ、これ以上は危険と判断してアンテナを撤去した。コンテストは途中終了である。

マンションのベランダから物が落ちれば、それはもう趣味の失敗では済まない。撤収を決めた時点で点数は伸びなくなったが、後悔はしていない。アンテナはまた上げられるが、事故は取り返しがつかない。この判断だけは、毎回きちんとできる局でいたいと思う。

AA PHONEという味わい

このコンテストのナンバーは「RS+オペレーターの年齢」である。当局は 66 を送り、相手からは 79、77、71、64、52… と返ってくる。数字を交換するだけなのに、そこに相手のハムライフの長さが透けて見える。SSBで肉声を聞きながら年齢を交換するというのは、なかなか他にない体験だ。今回もT88PB局の 79 に、思わず姿勢を正した。

もっとも、年齢を送りたくない局のために「01」(ゼロワン)を送る選択肢が用意されている。今回もBG5IOG局から 01 が返ってきた。実に潔い。

余談 ― 昔の「いきなはからい」

この 01 という逃げ道、昔はもう少し洒落ていた。YLは「00」を送ることになっていたし、マルチオペ局はオペレーター全員の年齢の平均を送っていた。年齢を聞かないのが礼儀という配慮と、クラブなら平均でごまかせるという遊び心。あの頃のルールには、たしかに粋なはからいがあった。

今年2026年の規約では、

シングルオペ:年齢 または 01
マルチオペ:コンテスト開始時点の平均年齢 または 01

になっている。たとえば25歳+35歳なら平均30歳なので、PHONEなら5930、年齢を出さない場合は5901。
今はどちらも「01」でOK。合理的といえば合理的だが、00 が返ってきたときの「あ、YLさんだ」というあの小さな高揚は、もう味わえない。ちょっと残念だなあ、と思う。
「00」ではなく「01」にしたのは、00はCWでもPHONEでも送受信が簡単すぎて有利になるため、それを避ける意図だったと公式では説明されている。

なお現行規約では、年齢を送ったJA局を対象に世代別オーバーレイ賞(20歳未満/20〜40/40〜60/60〜80/80歳以上の5区分)が設けられている。当局は 66 なので「60歳以上80歳未満」の区分。年齢を送るという行為そのものが、ちゃんと競技の一部になっているわけだ。この設計は今でも好きである。
世界的なDXコンテストで「How old are you?」を48時間ひたすら交換する大会って、今考えても相当ユニークだと思う。

スコアは1,040点。上を見ればきりがない。それでも、50Wと5mの釣り竿で、EU・北米・南米・中東・東南アジアまで届いたという事実は残る。設備が小さいほど、コンディションの開閉が手に取るようにわかる。それがこの装備の、ささやかな役得だと思っている。

次回は、ハイバンドが開いた瞬間にもう少し粘れるように。そして天候だけは、どうか味方してほしい。

73 de JI1ALP

2026年9月5日土曜日

RI1FJL フランツヨーゼフ諸島 雑感

14MHzのFT8は入った、FT4は消えた

今回のRI1FJLは、当局にとって「バンドニュー+モードニュー」をひとつ稼いだ運用だった。
14MHz FT8でログに入り、同じ14MHzのFT4はNIL(Not In Log)。フランツヨーゼフ諸島(FJL)はすでにCWでコンファーム済みなので、ATNOの緊張感はない。それでも10年ぶりに開いた扉である。そして当局の本命は、これから出てくるRI1FJZのほうだ。

この記事のポイント3つ

  1. FT8は入り、FT4は消えた。デジタルでも「返ってきた=ログに入った」ではない。
  2. FJLは近いのに遠い。松戸から約5,940km・方位348度。ハワイより近いのに、経路がまるごとオーロラ帯の下を通る。
  3. 次はRI1FJZ。SSBと各バンドのFT8を伸ばすチャンス。ただし悪天候で出発が遅れている。

1. 当局の戦績 ── 14MHzで明暗が分かれた

今回の当局の結果を先に並べておく。

バンドモードコールサイン結果
7MHzCW過去のFJL局交信済・コンファーム
21MHzCW過去のFJL局交信済・コンファーム
28MHzCW過去のFJL局交信済・コンファーム
14MHzFT8RI1FJLQSO成立
14MHzFT4RI1FJLNIL(Not In Log)

設備はいつもの布陣である。FTDX-10に、10階ベランダの釣竿アンテナ+SG-230スマートチューナー。大砲を持っているわけではない。北向きのパスに、ATUで無理やり整合させた1本の竿で挑んだ、というのが実態だ。

FT8のほうは、こちらのレポートに対してRR73が返り、画面上はきれいに完結した。問題はFT4である。手応えとしては同じように「取ってもらえた」感触だったのに、ログサーチをかけると影も形もない。

これはデジタルモードにありがちな話だ。FT4は速い。速いということは、1回のやりとりに与えられた時間が短く、取りこぼしたときの復旧余地も小さいということでもある。7.5秒のシーケンスは、ホームの停車時間が極端に短い特急のようなもので、乗ったつもりでもドアが閉まっていた、ということが起こる。相手が受信できなかったのか、混信で潰れたのか、あるいは向こうのログ側で落ちたのか。こちらからは判別できない。

NILの扱いについて
RI1FJLチームは、現地のインターネット回線が極端に遅く(Starlinkが使えない環境だ)、ログのアップロードも滞りがちだった。チーム自身、ログにないという問い合わせは帰国後にまとめて確認すると表明している。慌ててOQRSを叩かず、最終ログが出そろってからもう一度サーチをかけるのが正解だろう。当局もそうするつもりだ。

2. フランツヨーゼフ諸島とは何者か ── 「見つけたのに黙っていた島」


MAP: FJL to JA 



PHTO: Franz Josef Land (Heiss Island)

せっかくなので、この島の素性を整理しておきたい。調べてみると、なかなか人間くさい歴史だった。

面白いのは、最初に見つけた人間が黙っていたことだ。1865年、ノルウェーのアザラシ猟船スピッツベルゲン号がスヴァールバル北東で陸地を発見した。ところが猟場を同業者に知られたくないので、公表しなかった。よく釣れるポイントを人に教えない釣り人と、まったく同じ理屈である。

公式の発見者は別にいる。1872〜74年のオーストリア=ハンガリー北極探検隊(ユリウス・パイエル指揮)が公表し、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世にちなんで命名した。その後、1898年のウェルマン隊、翌年のステラ・ポラーレ号、1901〜05年のジーグラー極地探検隊と続く。ロシアは1914年に領有を主張し、ソ連が1926年4月15日に正式併合してアルハンゲリスク州に組み入れた。

1932年からはチーハヤ湾(フッカー島)やルドルフ島にソ連の気象観測所が置かれる。ちなみに第二次大戦中には、アレクサンドラ島にドイツ軍の気象基地が誰にも気づかれずに存在していた。 

現在の姿は、約192島・面積16,134km²、恒久的な住民はおらず軍と観測隊のみ。ルドルフ島のフリーゲリー岬は東半球最北端で、北極点まで約900kmしかない。1994年から自然保護区、2012年にロシア北極国立公園の一部となった。今回RI1FJLが運用したハイス島のクレンケリ観測所は、1957/58年の国際地球観測年に設立され、2001年に一度放棄、2004年に小規模・近代的な形で再開されたものだ。世界最北の郵便局があるのもここである。

3. 過去のDXペディション ── 「一人の気象台長」が支えた20年

FJLのオンエア史は、大規模ペディの歴史ではない。孤独な常駐局の歴史である。

時期コールサイン/運用者内容
ソ連末期〜1990年代4K2プレフィックス1993年には映画撮影隊に同行したOE1RMSが4K2/OE1RMSで運用
1990年代R1FJZ(Sergei Tsybizov)1995年にSWLレポートが確認されている程度の散発運用
2006〜2008R1FJT(Eugeny Chepur, UA4RX)気象観測班長として常駐
2010〜2013RI1FJ(同上)R1FJT時代と合わせ約80,000交信。DXCCチャレンジ用のバンドエンティティを1,000以上供給し、すべてLoTW対応
2013〜14シーズン(空白)Eugenyが撤収。後任が来ないことがほぼ確実になり、FJLは再びレアエンティティ化
2015〜2016RI1FJ(復帰)2015年夏に砕氷船で入島するも機材トラブルで2016年6月末までオンエアできず。コンディションも劣悪で、取りきれない局が続出
2026年8〜9月RI1FJL(RUDXTチーム)ハイス島(EU-019)。6名体制、CW/SSB/デジタル
2026年9月(予定)RI1FJZ(別チーム)アレクサンドラ島。最大7台のリグ、EME・LEO・QO-100も予定

つまり2016年から2026年まで、事実上10年の空白があった。そこへ今年、別々のチームによるペディが2件も重なった。DX界では10年に一度の異常事態である。

RI1FJLの現地事情も相当きつい。RUDXTが2年がかりで準備し、予算は約8万ドル。小さなチームには重すぎる額で、コミュニティの寄付に頼った。ムルマンスクからヨット「マリア」で出港し、5〜6mの波と19ノットの北風で漂流、FT-891が1台故障。8月21日には濃霧で上陸が夜まで遅れ、約1,000kgの機材を陸揚げしている。パイルの向こう側に、そういう2年間があると思うと、返ってきたRR73の重みが少し変わる。

4. 交信難度 ── JAから見た評価は★★★★☆

当局の評価は★★★★☆(4)。ただし今回のようにペディが出ている期間に限れば★★★(3)まで下がる。ブーベ(★5)ほどではないが、常時オンエアが望めないという点で恒常的な難関だ。難しさの中身は3つある。

① 経路がオーロラ帯を直撃する

松戸からハイス島まで約5,940km、方位348度。距離だけならハワイより近い「ご近所」の部類である。ところが真北へ抜ける極回りパスは磁気嵐にめっぽう弱い。高速道路自体は短いのに、峠が冬季通行止めになりやすいと考えるとイメージが近い。K指数が上がった日は、信号が「弱くなる」のではなく「消える」。今回も現地から、強風で信号が歪んで受信が難しいという報告が出ていた。

② ヨーロッパという壁

FJLからEUまでは目と鼻の先で、パイルの厚みが桁違いだ。運用者自身が、パイルが巨大なのにオペレーターの人数が足りず全バンド・全モードには出られない、と述べている。JAはEUが薄くなる時間帯を狙うしかない。今回14MHzのFT8で拾ってもらえたのも、その隙間だった。

③ 運用機会そのものが希少

機材も人も現地に置いておけない。年表のとおり、10年オンエアがない期間が普通に発生する。だから出ているうちに、出られるバンドで、出られるモードで取る。これに尽きる。

5. 次はRI1FJZ ── SSBと各バンドFT8を伸ばしたい

ここからが本題かもしれない。もう一組、RI1FJZがアレクサンドラ島から出る。RA1ZZ、R9LR、RA9USU、R9LM、RW6MDら5名の運用で、最大7台のリグ(CW/SSB×2、デジタル×5)を予定。さらにEME、LEO衛星、QO-100まで視野に入れているという意欲的な計画だ。R9LRはFJL再訪、RA1ZZに至ってはこの遠征のために仕事を辞めたと伝えられている。本気度が違う。

ひとつ注意点がある。当初9月9日〜25日とされていた運用だが、現地の悪天候で出発が9月7日ごろまで遅れているという情報が出ている。ムルマンスクから島まで航海に5日前後かかるので、オンエア開始は当初予定より後ろにずれる可能性がある。DX-Worldなどの情報をこまめに見ておきたい。

当局の作戦メモ

  • SSBを最優先。CWとFT8は押さえたので、次はフォーンで一枚。オペレーター数が多く、SSB専用リグを2台立てる編成は当局にとって追い風だ
  • FT8はバンドを広げる。14MHzは確保済み。18MHz・21MHz・10MHzあたりを狙う。マルチストリーム運用はパイルに強い
  • FT4は無理に追わない。今回のNILで懲りた。取りこぼしたときのリカバリーが効かない
  • 時間帯はEUが薄くなる瞬間。JAの夕方〜夜のハイバンド、深夜〜早朝のローバンド
  • 50W+釣竿でも諦めない。チーム側が遠方局・低電力局を優先して拾う方針を掲げているのはありがたい

QSLはClub LogのOQRS、LoTWは帰宅後数日以内にアップ予定とのこと。当局は例によって、まず最終ログの確定を待つ。

おわりに

10年沈黙していたエンティティが、ひと月のうちに二度も開く。こういう年は、そう何度も来ない。CWで押さえた7/21/28MHzに、今回FT8で14MHzが加わった。次はSSBだ。

FT4のNILは悔しいが、あれはあれで記録である。取れなかった1局を覚えているから、次に取れた1局が嬉しい。DXとはそういう遊びだと思う。

皆さんもRI1FJZ、ぜひ狙ってみてほしい。

73 de JI1ALP

2026年9月4日金曜日

ハイモンド縦ぶれ電鍵を打ち比べる ― HK-1Z・HK-808・HK-802は何が違うのか

当局の結論。この3台に「どれが一番いい電鍵か」という答えはない。あるのは方向性の違いだけである。

同じハイモンドの縦ぶれ電鍵でありながら、HK-1Z、HK-808、HK-802は打鍵感の設計思想がまるで違う。特にHK-1ZとHK-802は、優劣ではなく「好み」と「打ち方」で評価が真っ二つに分かれるタイプだと思う。

前回、当局が入手した古いハイモンドの大理石電鍵 HK-1Z について、その歴史と設計思想を書いた。φ6mmという巨大な銀接点、大電流キーイングを前提とした構造、大理石と黒色下部ベースの組み合わせ ―― あくまで「もの」としての話だった。

今回はその続きである。あの設計は、実際に指へどう返ってくるのか。

手元のHK-808、HK-802と並べて打ち比べてみたら、これが想像以上に面白かった。以下、当局の実感とWeb上の各種レビュー・A1 CLUBの資料を突き合わせながら整理してみる。

今回の3つのポイント

  1. HK-1Zは「コツッ」なのに柔らかい。大径接点が生む独特の粘りがあり、しかも個体差が大きい。
  2. HK-808は「ドライで軽快」。接点は明確なのにレバーは滑らか ―― バネ圧の重さと機構の軽さは別物である。
  3. HK-802は別系統。スウェーデン式に近い構造で、ほとんど力を要さず流れるように打てる。ただし独特の「ビーン」がある。












HK-1Z












HK-808












HK-802




3機種の打鍵感を項目別に整理してみた

まずは一覧で ―― 3機種・打鍵感比較

項目HK-1ZHK-808HK-802
打鍵感の一言柔らかく、粘りがあるドライで軽快滑らかでソフト
キーを押した感触コトッ、コツッと柔らかく受け止めるコツコツと明確トトトト…と流れる感じ
接点の感触大型接点特有の「粘り」接点のON/OFFが明瞭衝撃が少なく柔らかい
戻り穏やか。調整次第ではかなり良い速く、キレが良い滑らかで自然
反動少なめ比較的明確非常に少ない
硬さ柔らかめやや硬質~軽快ソフト
操作音コトコト系コツコツ・カチカチ系静かめ+「ビーン」という微振動あり
高速打鍵○~◎◎◎
長時間運用◎○~◎◎
反動式との相性非常に良いとの評価あり相性良好打ち方がやや異なる
精密感○~◎◎◎
個性非常に強い万能型独特
向いている人打鍵そのものを味わいたいCWマン癖なく高速に打ちたい人軽い力で長時間打ちたい人

1. HK-1Z ――「コツッ」なのに柔らかい、不思議な電鍵

今回いちばん興味深かったのがHK-1Zだった。

当局の感覚でも、大径の接点は「コツコツと決まる」。ところが同時に、HK-808にはない柔らかさを持っている。この二つが同居しているのが不思議なのだ。

Web上の各種レビューでも、「接点が広いので、打った時に粘りがある」「すごく打ち心地がよく、柔らかい」といった表現が見られる。どうやら当局だけの錯覚ではないらしい。

普通の縦ぶれ電鍵の感触を言葉にすると、

押す → 接点に当たる → カツンと跳ね返される

という流れになる。ところがHK-1Zは、

押す → コトッと受け止められる → ゆったり戻る

に近い。「当たる」ではなく「受け止められる」。ここがこの電鍵の核心だと思う。

A1 CLUBのアンケートにも「接点が大きいので手首への衝撃がソフト」という証言がある。φ6mmという大接点は、大電流キーイングのための設計でありながら、結果として打鍵衝撃を分散するクッションにもなっていたわけだ。前回書いた「設計思想」が、そのまま指先の感触として返ってくる。これは正直、書いていて気持ちがいい。

同じHK-1Zでも、打ち味が違う

さらに面白いのは、HK-1Zを5台所有している方が「全部打ち味が違う」とWEBで書いていることだ。コツコツ、コトコト、カチカチ ―― 同じ型番なのに個体ごとに感触が異なるという。

これは古い電鍵ならではの魅力だと思う。HK-1Zという一つの打鍵感が存在するのではなく、個体そのものを味わう電鍵なのかもしれない。

中古で手に入れるとき、これは怖くもあり、楽しくもある。当局の一台がどんな性格なのかは、結局のところ打ってみるまで分からなかった。

2. HK-808 ――「ドライで軽い」ハイモンドの優等生

HK-808は、当局の感覚では「ドライで軽い感じ」で、非常に打ちやすい。

一方、Web上のユーザーは「固い感触だが精密感がある」と表現している。一見すると当局の印象と矛盾しているようだが、たぶんこの食い違いこそが重要だ。

バネ圧そのものの重さと、機構の動きの軽さは別物なのである。

分かりやすく言えば、自転車のブレーキレバーを想像してほしい。握り込む力が要るブレーキでも、レバーの軸がきちんと整備されていればスッと動く。逆に軽いバネでも軸が渋ければゴリゴリする。「重さ」と「滑らかさ」は別々に効いてくる。

HK-808はボールベアリング軸受けを採用し、滑らかな打鍵を狙った構造になっている。大理石ベースも重く、連続打鍵しても本体が動きにくい。だから、

指に感じる接点はコツコツ明確。しかしレバーそのものはスッと動く。

という一見矛盾した感触が成立する。CQオームに残るユーザーレビューでも「コツコツ感」「なかなかいい感触」という評価が見られる。

面白い弱点もある

HK-808では打鍵後に残響を感じる場合があり、人によっては違和感になるという指摘がある。またノブ位置が比較的高く、長時間の操作では手首への負担を感じる可能性も指摘されている。

ただし当局自身は、残響はあまり感じない。このあたりも個体差か、設置環境か、あるいは打ち方の違いなのだろう。

まとめると、HK-808は「切れ味」を楽しむ電鍵である。HK-1Zの「コトッ」と受け止める感覚とは、はっきり対照的だ。

3. HK-802 ―― ほかの2台とは設計思想そのものが違う

HK-802だけは、同じハイモンドでも別系統と考えた方がよさそうだ。

スウェーデンの「Swedish Pump Key」によく似た構造で、接点が支点より後ろ側に配置される独特の方式を採っている。A1 CLUBの資料でも「ソフトで非常に打ちやすい」と評価されている。












この構造だと、普通の縦ぶれのように接点が「ガツン」と指へ返ってきにくい。てこの支点の位置が違うのだから、力の返り方が変わるのは当然といえば当然である。

当局の感覚としてはこうだ。

  • 動きが非常に滑らか
  • 打鍵がほとんど力を必要としない
  • 長時間でも疲れにくい
  • 高速送信しやすい

ただし「ビーン」がある

HK-802には独特の「ビーン」という振動がある。鋼線のバネなどが共振し、電鍵自身が打鍵衝撃を吸収しているように感じられる。

打鍵後の残響は、HK-808よりはるかに大きい。これを嫌う人もいるし、「これこそ802だ」と感じる人もいる。まさに打鍵感の世界である。

当局は後者に近い。あの余韻を含めて802という電鍵なのだと思っている。




3台を擬音で比べてみる

結局、打鍵感というのは言葉にしづらい。ならば擬音でいくのが早い。

HK-1Zコトッ、コトッ、コトッ
HK-808コツッ、コツッ、コツッ
HK-802トトトトト……

並べてみると、性格の違いがはっきりする。

  • HK-1Zは「接点を感じながら打つ」
  • HK-808は「レバーを正確に操る」
  • HK-802は「滑らかに流す」

同じ縦ぶれ電鍵で、同じメーカーで、やっていることは「接点をON/OFFする」だけなのに、ここまで違う。面白いものだと思う。

まとめ ―― 優劣ではなく、方向性

冒頭に書いたとおり、この3台に順位はつけられない。

打鍵そのものを味わいたいならHK-1Z。癖なく正確に高速で打ちたいならHK-808。軽い力で長時間流したいならHK-802。用途と好みで選ぶべきものだ。

そしてHK-1Zについては、もう一つ付け加えておきたい。個体差があるということは、「自分の一台」を見つける楽しみがあるということでもある。同じ型番の電鍵を5台並べて打ち味を比べる ―― 一見すると酔狂だが、その気持ちはよく分かる。

当局のHK-1Zは、コトッと静かに受け止めてくれるタイプだった。前回の記事で調べた大接点の設計思想が、そのまま指先に返ってくる。古い電鍵を手に入れるというのは、こういうことなのだと思う。

参考:A1 CLUB 各種資料・アンケート、CQオーム掲載のユーザーレビュー、Web上の電鍵レビュー各種。打鍵感はきわめて主観的なもので、個体差・調整状態・設置環境によっても変わる。本記事はあくまで当局の手元の3台についての印象である。

73 de JI1ALP
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